質問702 株の上げ下げのサイクルは信用してよいか?

株のことですが、株の上げ下げはサイクルではないでしょうか。確かラリーウイリアム氏の本だったと思いますが、「マーケットは4、5年毎に底を打つ。特に2と8の数字の年に底を打った年はその後大きな上昇が見受けられる」とありますが、最近では、2002年、2008年、そして今回は2012年末で、6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月移動平均線が集結してその上に陽線のチャートがありました。買い損ないました。(笑い)

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3月23日(日本時間)収録

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小崎

経済倶楽部の管理人です。

37 Comments

  • ラスカル

    2015年3月31日

     おおっ!こういう話題も取り上げるようになったんだ。ww

     横森さんも経済倶楽部芸人としての芸の幅が拡がったみたいだ。w いつまでも真面目なフリーアナウンサーじゃ、仕事も先細りだしね。女優もバラエティーのお笑いも、レポーターもこなせるようにならないと。

     っていうか、こういう話題の質問も来ていたのか。今までならボツにしていたんだろ~な。

  • ラスカル

    2015年3月31日

    >今回は2012年末で、6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月移動平均線が集結してその上に陽線のチャートがありました。買い損ないました。(笑い)

     こ、こ、これは株価4,000円説にビビって、アベノミクス相場に乗れなかったことを、婉曲的に表現しているのか?www

  • ラスカル

    2015年3月31日

     まあ確かに株で何年間も常時稼いでいる人たちって、ギャグのツボが違うんだよね。w 彼らがギャグを言った30秒後に、「あれっ、もしかしてさっきのギャグだった?w」って後から気づく。

     天才なので言うことの奥が深すぎて、オイラの脳味噌と潜在意識が解読するのに、30秒かかる。ギャグのツボが難問集と同じ構造なんだわ。おいおい青チャート参考書なみの基本的なギャグにしてくれよって!

  • cybermika3

    2015年3月31日

    8の年で終わった後から上昇ってまさにその感じですね。暴落後、ものすごい金融緩和するからだってDr Faber言ってたな。7の年で終わるとき暴落が多い、その後の8で終わる年も別の問題出てきて株が底打つみたいなことも聞いたのでちょっとリンクするな。
    次の暴落を人生最後と思って買いたかった株買えるなあとか思ってはいるけど、どうなんだろう、、、暴落するような要素ないなあ。それにまだ世界経済脆弱だから世界的株価暴落なんて耐えられるかなあ。

  • ラスカル

    2015年3月31日

     なんか横森さんの話す内容にトゲトゲしさがなくなって、丸くなったな。ww
     人生論にまで踏み込んでいるし、話の方向性のベクトルが多元性をもっていて、好感度アップになっているようだ。

     どうだ、希望君も,,,,,

    「日本が破綻したって、それぞれの立場(貧乏or金持ちor老害orゆとり若者or海外口座保有or海外法人保有or海外移住可能)で、それぞれ生き残る方法論があるよ~。どの立場でも覚悟なんかしなくていいよ~。不安なんか抱かなくていいよ~。株?やってもいいんじゃない~。」

     って路線に変えたらどうだ。反省とか改心とかではない。意識のバージョンアップなんだから、路線変更に恥ずかしさなどない。陰謀理論のパワーで論破しようとしても、永遠に同意や賛同はムリだと思うぞ。

     要するに希望君の心が満たされれば、別に陰謀論への忠誠を踏襲し続けなくてもいいんじゃないか。いろいろと賞賛を浴びたければ、どんな相手にも劣等感や不安感を抱かせないことだ。人は自分に劣等感や不安感を感じさせる相手には敬意や尊敬といった感情など芽生えない。自己保存本能が働いて、その劣等感や不安感を解消しようとする理論を自動的に考え出す。

     簡単に海外へ行けない人だっているんだし(国内線の飛行機にすら一人で乗れない人がいる。もちろん乗り方がわからない不安もある)、株の買い方がわからない人も多い。でもそんなこと言うと恥ずかしいから、見栄を張って「そんなこと、やろうと思えばできるわよ」って平静を装っている人がいっぱいいるんだ。

     オイラの友人で40代半ばなのに、ずぅ~っとペーパードライバーのままできたので、最近になって親のクルマで運転の練習を始めた奴がいる。同乗に付き合わされて、恥ずかしそうに「自分で給油したことないんだ。セルフスタンドで給油の仕方を教えてくれ」って言われた。ww 親切丁寧に給油の仕方を教えてやったよ。一度経験してしまえばどうってことないんだけど、最初の一歩が不安で踏み出せない。プライドが高く、他人に初歩的なことが訊けない人が多いからね。だからガソリン車に軽油を入れてしまうバカ主婦がいっぱいいる。初めて購入した軽自動車を運転して、わからなければ素直に訊けばいいものを、「軽だから軽油でしょ」っていう発想で軽油を給油して、エンジンをお釈迦にしてしまうDQN主婦が多い。

     経済倶楽部の会員さんにも、初歩的なことができない人がいっぱいいると思うぞ。だからそういう人たちにも、不安や恐怖で絶望を与えるのではなく、どの立場の人にも「安心していいよ~」路線でいった方がいいと思うぞ。

  • Calgary

    2015年3月31日

     もしかしたら、希望さん、退会したのかもしれませんよ。
     以前、会費が払えるギリギリだみないなコメントをしていましたよね。1USD=108JPYくらいの頃に。今は月額1500円を超えたわけで、許容範囲を超えたのではないですか。そうでないなら、たぶん、希望さん、すぐさま登場するでしょう。いや、ここは無料会員でも書き込めるか。

  • ラスカル

    2015年3月31日

     12.70×108=1,372円がギリギリって、そんなに貧乏なのかよ。

     オイラが有料会員を辞めたのは、不安や恐怖心の元をあまりインプットしたくなかったっていうのもあるから、このまま横森さんが太陽・ハト路線を続けるなら、再入会もありうるがな。まあもう少し様子をみるよ。

     まあ無料会員でもコメントが書き込めるから、問題はないんだけどね。オイラのコメントは勝手に頭の中に湧いてくる文章を書いているだけだから、文章を書く苦労はないよ。入力も早いしね。頭の中に次々と湧いてくる文章のエネルギーを、吐きだしてスッキリしている感じ。要するに乳牛のチチを絞り続けないと、乳牛のオッパイがパンパンに膨らんで病気になちゃうのと同じ感じ。

     文章なんてウンウンと考えたって、文字をつなぎ合わせているだけで、面白いものは書けないよ。勝手に湧いてくる様になる方法は、過剰なまでの読書量と、失敗・困難解決・トラブル解決の経験量かな。まあ大人になってウンコ漏らした事があるくらいの経験がないと、多様な文章は書けないね。

  • cybermika3

    2015年3月31日

    横森さん、シンガポールのセミナーでお会いしたことあるけど、お話、おもしろかったです。そう、最近のコメント、好感持てますよね。
    そうそう、そのシンガポールでのことだけど、エレベーターの中でTVがあってちょうどハワイの火山が噴火のニュースが流れていて、ご一緒になったほかの参加者の方と横森さんが、これは大きいの日本にくるかもしれないねとか言ってたのですが、その次の月が3.11だったのです。あれは今も忘れられない。

  • ラスカル

    2015年3月31日

    >その次の月が3.11だった

     あの年の春に咲いていたタンポポの背丈が、異常に長かったぞ。ほとんどのタンポポで通常の3~5倍の長さがあった。もちろん首都圏中心部のほとんどね。翌年のタンポポは通常の長さだったが。

     たぶんあん時みんな放射性物質(微粒子)をいっぱい吸い込んでいるぞ。柏市のホットスポットじゃないから安心・・・なんて言っている場合じゃない。

  • Calgary

    2015年3月31日

    >12.70×108=1,372円がギリギリって、そんなに貧乏なのかよ。

     世の中、いろいろな人がいますよね。ワンコイン亭主なら、月に3回の昼食を抜いて経済倶楽部を聴いている人もいるかもしれません。民主党政権時代は月2回抜くだけで済んだのに。
     私なんかはそういう人達向けに大学生協で本を買って、出費を節約しようと言っているだけのただの庶民なんですけどね。やはり10%の割引は大きいですよ。卒業生は今でも学生時代の組合員証を持っていけば更新してくれるはずです。

  • ラスカル

    2015年4月1日

    【黄金の金玉ブログ:3月31日】

    そろそろ3月も終わり。
    2015年の春。

    長野では、
    おらこんな村嫌だ!東京さいぐ!
    辞表を叩きつけて都内に戻る隊員達が後を絶たなくなりますた。

    考えるな!感じるんだ!
    これから本番が来るんだ。
    これからユダヤの祭日と日食月食のコンボがきます。

    行ってはいけない!
    東京はバカの巣窟ですよ。
    これから経済崩壊が来るんですよ。
    それでも行くのですか?
    ダメよ。ダメダメ。
    行かないで~
    そうワタスが追いすがっても

    玉蔵さん
    あんた。
    いつまでそんな夢みたいなこと言ってるんだ?
    もう経済崩壊も来ないし、地震も来ないよ。
    もっと現実を見ましょうよ。
    もうちょっと大人になりなさいよ。

    すがりつくワタスを振り払って、また一人。
    また一人と都内に戻っていく現実。

  • ラスカル

    2015年4月1日

    不安・恐怖商法から覚醒する若者が増えてるみたいだ。www

    どうせ玉蔵さんも経済倶楽部を覗いているみたいだし。。。。
    もうトレンドが変わって来てるんだよ、玉蔵さん!

  • 第二希望

    2015年4月2日

    若い人にとっては、さっさと破綻してリセットされるのが良いんだけど。。。。。
    でも、祖父母、父母の面倒が少子化された世代におっかぶさしてくるんだなぁ。

  • ラスカル

    2015年4月2日

     君は本物の希望クンか?もう他人に不安を与えなければ、真面目に議論してやってもいいぞ。今日は日帰りで下関市と福岡県の神社参拝だから、明日パソコンでいっぱい書き込んでやるぞ。いま鹿児島本線の車内でスマホだから、スラスラ書けない。

  • ラスカル

    2015年4月2日

     いま香椎神宮駅という無人駅に座ってる。桜が満開で神社のすぐそばで、平日の昼間っからみんなお花見してるんだわ。ずいぶん平和で呑気な国だわ。なんかね、自分だけ不安と恐怖感に振り回されてたのが、バカバカしく思える今日この頃なんだす。

  • ラスカル

    2015年4月2日

     いま福岡空港の搭乗待合室でテレビを見ている。フィリピンにデカイ台風が直撃らしいぞ! みんなのスービック投資物件は無事なのか?

     なんか今日の書き込みはツイッター化しているな。

  • ラスカル

    2015年4月3日

     さてと、第二希望クンが偽物でなく、本物だと仮定して議論を始めようではないか。

    >若い人にとっては、さっさと破綻してリセットされるのが良いんだけど。。。。。
    >でも、祖父母、父母の面倒が少子化された世代におっかぶさしてくるんだなぁ。

  • ラスカル

    2015年4月3日

    nandoブログ『老若格差という虚構 1』(2012年9月8日)

     「老人ばかりが恵まれて、若者が恵まれない。これは不公平だ」という老若格差論がある。その虚構性を指摘する。

     「若者は社会保障費の負担ばかりが増えて、将来的には貧しくなる」
    という悲観論がけっこう出回っている。しかしそれが間違いだということは、先に示した。

     その要旨は、次の二点だ。
     
    (A) 為替レート・・・・内容コピペ省略
    (B) 少子化・・・・内容コピペ省略

     以上は、先の項目で示したことだ。ここまでは、経済学的な話だった。そこでは成長率や出生率という数字に基づいて議論してきた。

     ──

     このあとは、もうちょっと経済倫理的に考えよう。細かな数値は忘れて、人間のハートで考えよう。

     話のきっかけは、サッカーの本田圭佑の発言だ。彼は海外に出て、日本の発達した文化社会のすばらしさを再認識した。そして、こう発言した。

     『海外に出たら、日本は本当にいい国だとあらためて思う。……何につけてもアバウトな外国とは違う。
     同時に思うのは 「これを築いたのは誰なんだ?」ということ。オレたちではない。こんな裕福な今日(こんにち)の日本があるのは、先代の人たちの頑張りのおかげだと思っている。
     オレたちは、彼らが頑張って汗水たらして残していってくれたもののおかげで生活できていると思う。
     今のオレたちは何も築いていない。先人の財産を使ってきただけ。感謝して、今からもう一度、頑張らないといけないんじゃないか。
    ( → 日刊スポーツの転載 )』

     正しい認識だ。「先代の人たちの頑張りのおかげだ」という認識は、まさしくその通りだと言っていい。ここではいきなり正解が述べられている。

     ──

     ひるがえって、「老若格差論」はどうか? 次のように考えている。(数字は適当)
     「おれは年収 500万円ある。その 500万円は、おれの力で獲得したものだ。誰の力も借りてはいない。おれの力だけで、この 500万円を生み出したのだ。だから、その金は、おれのものだ。誰にも渡したくない。なのに政府は、その金を奪うのか? また、政府がその金を老人に渡すとしたら、老人は働きもしないで、おれの金を奪うのか? それは搾取だ! そんな不公平は許しがたい! おれの金は誰にも奪われたくない。だから、若者の金を老人に渡すのは、やめてもらいたい。そもそも老人たちは、資産を数千万円ももっていて、おれたちよりもずっと金持ちではないか。せっせと汗水垂らして働いているおれの金を、老人たちに渡すなんて、あまりにも不公平だ! おれの金をおれに返せ! もうこれ以上、奪われたくない!」 

     この卑しい台詞は、次の台詞に似ている。
     「俺のものは俺のもの 人のものは俺のもの だから地球は俺のもの」
     ( → ひょっこりひょうたん島・歌詞 )

     こういう卑しさは、本田圭佑の発言とは正反対のものだ。そして、本田圭佑の認識が正解であるからには、上の卑しい認識は間違いだ。では、どう間違っているのか? 
     その点を説明しよう。(それが本項の意図だ。)

     (1) 金持ちか?
     老人は金持ちか? 資産だけを見れば、金持ちだ。しかし、資産があるのは、当然だ。なぜなら、老人は現役を引退したときの資産によって、残りの人生を過ごさなくてはならないからだ。その資産は、若者が思うような「贅沢をするための余剰金」ではなくて、「将来の生活費となる蓄え」なのだ。
     仮に、この蓄えがなくなれば、あとは年金だけで暮らさなくてはならない。また、年金をろくにもらえない人もけっこういる。となると、老人が資産をもっているのは当然なのだ。別に「金持ちだ」と認識する必要はない。
     たとえば、資産が 5000万円ある60歳の老人がいるとして、彼は残りの 40年間を 5000万円で暮らさなくてはならない。年間 125万円。月間 10万円。とすれば「月収 10万円」という筋を見て、若者は「すごい金持ちだ」と思っていることになる。ひどい勘違いだ。
     若者が 5000万円をもっていれば、それでフェラーリでもポルシェでも買えるが、老人が 5000万円をもっていても、それは「月収 10万円」を意味するだけなのだ。意味がまったく異なる。ここを混同するのは、壮大なる勘違い。
    ( ※ 実際には利子所得の分が加わるが、現状のようなゼロ金利ではほとんど意味がない。)

     (2) 不労所得
     老人が年金などをもらうのは、「不労所得」のように見える。しかし、そのうちの半分ぐらいは、自分が年金料を払ったのだから、不労所得ではない。
     残りの半分は、不労所得ではあるが、それは「ズル」ではなくて、「投資の配当」であるにすぎない。(後述。)
     そもそも、「不労」ということに着目するのであれば、老人が働かないのは当り前である。誰だってそうだ。今の若者だって、年を取れば、働かなくなる。
     「不労所得だからけしからん」
     と若者が思うとしたら、その人は、「自分は年を取らない」と思っていることになる。あまりにもひどい勘違いだ。
     「人は誰しも年を取ったら働けなくなる。それでも人は生きる権利がある」
     これが真実だ。このことも理解できないで、「自分もまたいつかは年を取ること」を失念している若者は、あまりにもひどい勘違いをしている。
    ( ※ 「私はいつまでも若いままなのよ。決して年を取らないのよ」と信じている馬鹿女と同レベルの馬鹿さ加減。ほとんど気違いレベル。)

     (3) 不公平か?
     若者はせっせと汗水を垂らして働いてもたいして所得が得られないのに、年寄りは何もしないで遊んでいても十分な所得(年金や貯蓄)がある。これは不公平か? 
     いや、比較するなら、老人と若者を比較するのではなく、同じ年齢で比較するべきだ。
      ・ 今の高齢者が若かったときの生活レベル
      ・ 今の若者が同年齢であるときの生活レベル
     この両者を比較すると、後者の方が圧倒的に豊かだ、とわかる。今の高齢者が若かったころの生活は、ものすごく貧しかったからだ。
      ・ サザエさんの食卓は、アジの干物とワカメの味噌汁。
      ・ 歌の「赤提灯」では「三畳一間の小さな下宿」
     以上を比べれば、結論はこうだ。
     「今の高齢者と若者を比べれば、圧倒的な不公平がある。その意味は、今の若者が圧倒的に恵まれている、ということだ。不公平さはあるが、逆の意味の不公平さがある」
     ついでに言えば、今は週休二日制が普通だが、昔はそんなものはなかった。朝から晩まで過労死するほど働いたものだ。週休二日制があって年休もある今の若者の方が、はるかに恵まれているのは間違いない。

     (4) 本質(投資と配当)
     しかし、以上のような理屈だけでは、感情的に納得できないかもしれない。「どうして老人は働かないのに高額の所得を得ることができるんだ? そんなうまい方法があるのなら、おれもやってみたいな」というふうに。
     そこで、経済学音痴の人にわかりやすく説明しよう。このように「働かないで金を得る」ということは、「投資と配当」という原理で説明される。
     基本的には、次の原理だ。
     「金を持っている人(資産家)は、その金を、自分では使い果たさないで、投資に回す。すると、その金を運用した人は、その金で生産活動をして、利益を得る。その利益の一部を、金を貸してくれた資産家に渡す。それが配当金である」
     これは資本主義の原理だ。資産家は、その金を「女遊び」のような遊興費に使い果たしてもよかった。しかしそうしないで、他人に貸して、他人の生産活動のために役立てた。だから、その配当として、生産活動から得た利益の一部を還元してもらうわけだ。
     そして、このようなことは、「資本家と企業」という個別の場合に適用されるだけでなく、社会全体でも適用される。すなわち、次のことだ。
     「ある世代が、稼いだお金を自分の楽しみに使うのを我慢して、投資のために役立てる。すると、社会はその金によって生産活動をして、経済を拡大する。そして、経済が拡大したあとで、金を貸してくれた(つまり消費を我慢してくれた)世代に、利益の一部を配当として還元する」

     わかりやすく言うと、こうだ。
     「現在の高齢者世代は、せっせと働いた。それだけでなく、自分の楽しみを我慢して、日本全体の経済活動のために、金を投資した。だからこそ、経済は急成長した。そのおかげで、今日の発展した日本社会がある」
     これこそが、本田圭佑が述べたことの真実だ。

     一方、現代の若者世代は、どうか? こうだ。
     「いっぱい働いて、いっぱい貯蓄すれば、いっぱい投資がなされて、高成長がなされるはずだ。しかるに現実には、(不況のせいで働く機会が少ないから)ちょっとしか働かない。そうと多くの若者が失業状態で遊んでいる。で、ろくに働かないのだから、ろくに消費しなければいいのに、いっぱい消費して、贅沢三昧をしている。そのせいで、若者の貯蓄の総額は少ないし、貯蓄と等しい投資総額も少ない。かくて、投資総額が少ないという形で、日本の成長率は低くなっている」
     
     以上を対比すると、次のようになる。
      ・ 老人 …… 多く働いて少しの消費 → 多くの投資で高成長
      ・ 若者 …… 少し働いて多くの消費 → 少しの投資で低成長
     つまり、若者たちは、ろくに働かないくせに、たっぷり消費しているから、いつまでたっても低成長を甘受しているわけだ。
    ( ※ ただし、「だから消費を減らせ」と言っているわけではない。個人がどうにかしても、国全体のデフレは解消しない。ここでは個人の努力や行動は関係ない。今現在がどういう状況にあるか、ということを示しているだけだ。つまり、「今の若者は贅沢をしている」ということだ。)

     ともあれ、高齢者が「働かなくても所得を得られる」ということの理由は、以上のようにして説明される。つまり、「投資と配当」という形で。
     そして、それが可能なのは、高齢者が引退するまでに十分な社会貢献をなしてきたからだ。彼らは多くの生産活動をして、社会の経済水準を高めた。終戦直後にはガレキの山しかなかった日本において、世界最高レベルと言える企業をいくつも作ってきた。トヨタ、日産、ホンダなどは、ぼろくそな工場レベルから必死の努力によって成長していった。ソニーやシャープも同様だった。そうして日本という国の経済基盤を構築した。
     そして、そうした社会基盤を利用して生産活動をする若者たちが、「おれの稼ぎはすべておれが独力で生み出したものだ」と錯覚する。彼らは、過去を見ることができていないのだ。本田圭佑のような視点が欠けているのだ。

  • ラスカル

    2015年4月3日

    《 オマケ 》  Q&A

    【Q 直感的にわかりやすく説明してほしい。】

     A 自分が誰のおかげで教育を受けられたか、考えてみるといいでしょう。人々は忘れてしまったようだが、子供のころに育ててもらったり教育を受けたりしたのは、親および親の世代のおかげです。子供は誰しも、親および親の世代から多大な影響を受けます。そして、子供は成長しますが、そのとき、親はもはや老いています。そこで、子供は、かつて受け取ったことの恩返しの形で、親の面倒を見ます。
     こういうことは「親孝行」という言葉で理解され、昔ならば当然のことだと思われていました。しかし今の若者は「親孝行なんて古臭い」と思って、「親の面倒は社会に任せればいい」と思っています。そのとき、自分が何を受け取ったかを忘れてしまっています。
     「もらうのはいくらでもOKだが、払うのは絶対にイヤだ」
     「もらったときのことは忘れているが、払うときのことは絶対に忘れない」
     こういうアンバランスな自分勝手な認識がまかり通っています。頭の半分が痴呆になったも同然でしょう。そこで、彼らが忘れたことを本項では思い出させて上げているわけです。「自分が受け取ったもののことを忘れるな」と。
     「受け取ることだけができて、払うことのないシステム」
     なんて都合のいいものを夢想しようとしている愚かさに、真実を教えて上げているのです。
     「受け取ったならば払う必要がある。それも利子付きで」
     と。
    ( ※ この利子は、本項では「配当」ということ辺で説明しています。)

    【Q 現在の若者と高齢者を比較すれば、高齢者の方が優遇されているのは事実だ。不平等だ!】

     A それはそうです。しかしそれは当り前のことです。もともとそういうシステムなんだから。簡単に言えば「世代間の仕送り」です。
     しかしそれで現在の若者が損をするというわけではありません。「今の時点では損をするが、将来の時点では得をする」ことになるのですから。つまり、「若いときは損をするが、年を取れば得をする」というふうになります。(それが世代間の仕送り。)
     要するに、今の若者だって、年を取れば、将来の若者たちに「不平等だ」と文句を言われる状況になります。今とまったく同じように。
     ただし、将来の若者が本当に文句を言うかどうかは、わかりません。将来の若者が今の若者と同じように無知であれば、文句を言うでしょう。将来の若者が今の若者と違って、本項を理解するだけの賢明さをもてば、文句を言わないでしょう。文句を言うかどうかは、不平等があるかどうかに依存するのではなく、真実を理解するかどうかに依存します。真実とは? 「若いときは損をするが、年を取れば得をする。差し引きすれば、投資の効果の分だけ、得をする」ということです。

    【Q でもやっぱり高齢者が羨ましい。】

     A 羨ましいのなら、人生を取り替えてもらえばいいでしょ。というか、これからの人生を、今の高齢者と同じようにして過ごせばいい。
     つまり、若いときにはケータイもパソコンもテレビも自動車もなくて、メザシとワカメとラジオだけで、四畳半の畳暮らし、という生活をする。お風呂もなくて、銭湯に行き、帰りには「洗い髪が芯まで冷えて」というふうにする。冷房も暖房もろくにない。そういうふうに貧困生活を送るなら、ごく小額の費用で済みますから、年を取ったときにたっぷりとお金がありますよ。……ただしそれは、若い時代の不幸と引き替えです。
     そういう生活を羨ましいと思うのならば、そうすれば? まずは生活レベルを大幅に落として、肉をほとんど食べないようにしましょう。(高齢者が若いころはそうだったんだしね。それを真似れば?)

    【Q 高齢者が資産を使わないと、日本は不況を脱せない!】

     A アホなことを言わないでください。高齢者が資産を全部使い果たしたら、彼らは生活保護を受けることになります。そうなったら現役世代の負担はかえって増えてしまいます。
     高齢者は資産を使い果たさないのが当然です。消費不足は、高齢者が貯蓄しているから起こるのではなく、国全体の(正しくは現役世代の)総所得が減っていることが理由です。これがマクロ経済学の認識。景気の問題は、あくまで現役世代のなかだけで完結します。高齢者世代の消費は、関係ありません。(それはいわば定数であり、景気変動とは無関係です。)
     なお、高齢者が金を少ししか使わなければ、余った金は遺産として次世代に残りますから、別に問題はありません。また、国礼者が貯蓄をするとしても、その貯蓄は原理的には投資に回るので、やはり問題ありません。
     問題があるとしたら、「流動性の罠」になっていることですが、それは現役世代の経済の問題であり、高齢者には関係ありません。
     下手に経済学をかじって混乱するよりは、「高齢者は関係ない」と思って無視する方が、はるかに賢明です。聞きかじりの経済学をこねまわすよりは、経済学を何も知らない方がまだマシです。

    【[ 余談 ]】

     ともあれ、朝鮮の例を見ても、「投資」の重要性がわかる。そして、それは、今の高齢者が日本に対してなしたことでもあった。今の高齢者は、朝鮮に投資するかわりに、日本に投資した。たとえば、黒四ダムを建設したり、東海道新幹線を作ったり、東名高速を作ったり、環七を作ったりした。さらには、優秀な企業をいくつも育て上げた。つまり、社会資産を構築した。
     その一方で、今の若者たちは、先人たちの築いた社会資産にただ乗りしているのである。先人に感謝することもなしに。(……本田圭佑は違うが。)
     で、老若格差論者は、そういう真実に気づくこともないまま、自分の稼いだ金について、「これは自分が独力で稼いだのだ」と自惚れているのである。まるで社会に何ら依存しないで、空中から金を生み出したかのごとく。

  • ラスカル

    2015年4月3日

    nandoブログ『老若格差という虚構 2(社会遺産)』(2012年9月16日)

    前項の続き。「老人ばかりが恵まれて、若者が恵まれない」という説が不当であることは、「社会遺産」という概念を用いるとわかる。

     ──

     「老人ばかりが恵まれて、若者が恵まれない」という老若格差論がおかしいことは、前項でざっと説明した。
     そのうち、「のオレたちは何も築いていない。先人の財産を使ってきただけ」という本田圭佑の見解について紹介したあとで、(4) 本質(投資と配当)という箇所で説明した。
     この件について、本項ではさらに詳しく説明しよう。

     ──

     この件は「社会遺産」という概念で説明できる。すなわち、次のことだ。

     (1) 現代世代は、過去世代から、社会資産を引き継いでいる。港湾、道路、空港、鉄道という社会基盤(インフラ)のみならず、キヤノン、トヨタ、NTT というような企業の形で生産基盤をも引き継いでいる。そのいずれも、終戦直後には存在しなかったも同然だ。しかるに、過去の 70年間ほどの間に、過去世代がゼロから構築したのである。それはあまりにも巨大なものである。そして、その巨大なものを、現代世代は無償で引き継いだ。
     (2) だから、現代世代が「稼ぐ以上に払っている」というふうに不満を垂れているときには、根本的な計算違いがある。それは、「払うもの(年金負担)については勘定に入れるくせに、受け取ったもの(社会資産)については勘定に入れない」ということだ。与えるものについては計算するくせに、もらったもにについては計算しないということだ。これでは「損する」という計算が出るのは当然のことだ。(アホの計算)。
     (3) では、もらったものも考えれば? 損か得か? もちろん、大幅な特に決まっている。そのことは、社会基盤を与えられなかったアフリカの途上国と比べればいい。もし先人が何も与えてくれなかったなら、現役世代はいまだにアフリカの途上国と同じレベルだったのだ。……ここまで考えれば、われわれがいかに多くのものを受け取ってきたかを理解できる。つまり、歩本田圭佑の認識が全面的に正しい。(多くの人々は、本田圭佑の理解したことを、いまだに理解できていない。)
     
     以上で、説明は終わりだ。あまりに簡単なことだろう。
     しかし、その簡単なことを、ほとんどの日本人は理解できていない。それは、韓国人に似ている。韓国人は、どうしようもない途上国だったのだが、日本併合後には、日本から莫大な投資を受けて、急激に成長した。
      → 日本併合前後の朝鮮の写真
     これほど巨大な恩恵を受けたのに、韓国人はその恩恵をすっかり忘れて、「すべて自力でなし遂げた」と思い込んだあげく、「日本はくたばってしまえ」というふうに非難している。
     ひどいものだが、これを見て、そっくりな人がいることに気づくだろう。そうだ。われわれ日本人だ。特に、現役世代だ。われわれ日本人の現役世代もまた、先人から受けた恩恵を忘れて、「すべては自力で生み出したものだ」と勘違いしたあげく、先人を非難する。……あまりにも韓国人とそっくりだ。
     まったく情けないことである。そこで、本項では、真実を示した。「社会資産というものを先人から受け取ったのだ」と。

  • ラスカル

    2015年4月3日

    以下は「泉の波立ち」から、本項と同趣旨の話題を拾い上げて転載する。

    【1月05日】

     「高齢者は生涯を通算して、公的負担よりも公的受益の方がずっと多い。差し引きして、5000万円以上のプラス。逆に、若手は数千万円のマイナス。しかし、これは、不公平だ。このままだと、若手が逃げ出してしまって、日本に将来はない」という主張。(朝日・朝刊・社説 2002-01-04 )

     さて。この前半の基礎データ自体は、あちこちで言われていることだし、経済財政白書でも説明されている。肝心なのは、データではなくて、そのあとの解釈だ。
     こういうふうに「年寄りは得だ、若手は損だ」というのは、経済学的な数字比べのようなものである。統計を取って、データを比べて、「こっちが多い、こっちが少ない」と比べているだけだ。数字を比べるくらいは、子供でもできる。そのあとの数字の解釈が全然できていない。
     なるほど、高齢者は得で、若手は損だ。では、高齢者はすごくリッチな生活をしてきて、若手は貧困な生活をしているのか? 逆だ。高齢者は若いころ、まさしく「赤貧」という言葉がふさわしい生活をしてきた。今の若手は、不況でさえ、何ひとつ不足ない生活をしている。不足ないどころか、過剰でさえある。子供たちを見ると、ありあまるほどのオモチャやテレビゲームをもっていて、飽きては捨てる。まったく、過剰な物を与えられている。心がすさむほどに。

     では、統計をどう解釈するべきなのか? それは、こうだ。「高齢者は、所得自体が少なかった。彼らの所得は、会社などの社会制度に蓄積された。若手は、そうした社会制度を、生まれたときから享受することができたので、所得が多かった。つまり、公的でなく私的な面で、高齢者から若手への所得移転があった。」
     要するに、こうだ。高齢者は、公的負担は少ないのに、公的受益が多くなるので、公的な面だけ見れば、高齢者は得をしてるが、私的な面で見れば、(所得減という形で)高齢者は損をしているのである。彼らは、正当な所得を得られなかったから、所得に比例する公的負担も少なかったわけだ。高齢者の世代が若い世代の金をふんだくっているわけではなくて、逆に、若い世代が高齢者の世代の金をふんだくっているのだ。
     実際、高齢者は、若いころは「年功序列」制度のもとで賃金を抑制され、年を取ってからは「年功序列の破壊」のもとで賃金を抑制された。踏んだり蹴ったりである。せっかく働いて日本を高成長させても、その富は会社や社会に蓄積され、その富を若手が「おれたちのものだ」とばかり享受している。公的な面だけ見れば得をしているように見えるが、総合的に見れば損をしているのだ。
     そもそも、よく考えてみるがいい。高齢者は、若いころは、食事もろくに取れなかった。彼らは自分たちの食事を削ってまで、子供の教育のために金をかけた。今日の日本があったのは、高齢者がそれほどまでに犠牲を払ってくれたからだ。南米の人々は、「その日だけが良ければいいさ」とばかり、金を酒代などに費やしてしまったが、日本の高齢者はわれわれの世代に多大なものを残してくれてくれたのだ。
     なのに、こういうふうに辛い境遇を甘受してまで自己犠牲を払ってくれた高齢者を、「ズルをしているやつら」とばかり見なす社説は、ほとんど人でなしである。人間のクズといってよい。
     だいたい、あなた、そういうことができますか? 自分のために多大な犠牲を払ってくれた親(祖父母)がいるのに、その犠牲を忘れてしまう。さんざんもらっているときは感謝の一言もいわずに、あとで彼らが年老いてから、「勘定をしてみると、もらった額よりも、負担する金の方が多いな。これじゃ、不公平だ」と言い出す。彼らの犠牲によって育ててもらった恩をすべて忘れて、「自分の金がもったいない」と言い出して、親(祖父母)をほっぽり出す。……そういうことが、あなた、できますか? (朝日の人ならできるでしょうね。朝日にしてみれば、そういう人でなしの勘定をするために、経済学はある。)

     社説はさらに言う。「今のままでは、若い人たちは、アホらしくなって、外国へ逃げてしまう」と。へえ、そうですか。だったら、逃げたければ、逃げればいい。今の日本は、高齢者の残しておいてくれた、多大な富があるのだ。会社にせよ、インフラにせよ、教育制度にせよ、技術水準にせよ、すべては、高齢者が長年をかけて育てていってくれたものだ。それを捨てたければ、そうすればいい。高齢者が何も残してくれなかった途上国が羨ましいのなら、さっさと途上国に行ってしまえばいい。(まず初めに、朝日の社員が、途上国に行ってしまえばいい。だいたい、日本にいれば、邪魔なだけだ。)
    ( ※ ついでに言えば、「先進国に逃げたい」という理屈は成立しない。日本は、高齢者のおかげで、途上国から先進国になったのだ。途上国の人間が先進国で好き勝手に暮らすことはできないのだ。それができるくらいなら、先進国に途上国の数十億人が流れ込むだろう。日本だって、中国からのボートピープルを押し流している。高齢者のおかげを受けなかったら、朝日の記者もボートピープルになっていただろう。だから、途上国にも行かずに、海で漂流していなさい。とにかく、自分の主張の通り、さっさと日本から出ていってもらいたいですね。)

     最後に、記事の矛盾を示しておこう。記事では「高齢者は金を使わずに遺す」とも記している。そうだ。高齢者はたしかに、多大な公的受益を得るが、その受益を自ら使うことはないのだ。ちっとも得をしていないのだ。
     彼らは、得た金を、貯蓄して、遺産として、子供たちに遺す。何千万円という金を貯めていても、それを自分たちで消費しないで、次の世代に遺す。そういう心をもった、けなげな人々なのだ。なのに、そういう人々をけなすのが、朝日だ。身ぐるみ剥いでやろう、というつもりだろうか。ほとんど鬼畜も同然である。
     私はこれまで何度も、「小泉は狂信者だ」と書いた。朝日は違う。人間の一種ではなくて、鬼畜であり、人間の顔をした悪魔である。

  • ラスカル

    2015年4月3日

    【2002年3月23日】

    「社会システムを先人(高齢者)が作ってくれた」ということを忘れた、恩知らずな発想。
     戦後の日本は、瓦礫の山だった。今の日本は、世界最高水準だ。無から有を生み出す。世界中で、ただ日本だけがなしえたことだ。(途上国と比べてみるがいい。)
     はっきり言おう。このようなことをするのは、強力な意思と精神力が必要である。今の高齢者世代だからこそ、なしえたことだ。同じことを、今の若手の世代に「やれ」と言っても、絶対に無理ですね。たぶん、「どうせ無理じゃん」とプーたれて、地面にしゃがみ込んで、ケータイとゲーム機をやり出すだろう。

  • ラスカル

    2015年4月3日

    【2002年12月25日】

     これを実施した成功例はある。高度成長期の日本がそうだ。当時の日本の人々は、自らの消費を抑制し、自らの生活の向上を犠牲にして、会社に富を与え、会社の高度成長をもたらし、日本経済全体を成長させた。「個を犠牲にして、国に尽くす」という形で、国民全体が豊かな果実を得たのである。かくて、かつては途上国レベルだった日本の経済力は、世界最高水準にまで向上した。)
    ( ※ ただし、である。彼らにとっては、誤算があった。それは、自らの子供の世代が、あまりにも忘恩であったことだ。── 子供たちは、親がさんざん努力して、この日本を築いたことを、忘れてしまっている。「俺たちの稼ぎがいいのは、俺たちの能力が優れているからだ。能力主義で成果を得よう。能力の劣る高齢者は、クビにしてしまえ。稼ぎのない高齢者にくれてやる年金は、減額してしまえ!」と主張する。国の経済財政白書にも、「高齢者ばかりがいい目をしている」と高齢者批判が掲載されている。高齢者世代がかつてどれほど自己犠牲をしてくれたかということを、すっかり忘れている。── 高齢者世代は、日本経済を成長させることには成功したが、自らの子供たちをまともな人間に育てることには失敗したのだ。その結果が、忘恩の子供世代だ。たしかに、高齢者世代は、家庭を顧みずに働いたが、そのせいで、家庭ではまともな教育をできなかった。育ったのは、道徳も倫理もなく、先人への感謝もない、半人半獣だけだ。オマケに最近の子供たちは、学力まで大幅に低下してきている。勉強時間は、先進国中、突出して最低レベルだ。日本の途上国化は、目に見えている。高齢者世代が築き上げたものを、孫の世代がぶちこわしていくわけだ。にもかかわらず、この愚かな若年世代は、「能力主義なら俺たちの方が上だ」と自惚れる。)

       ────────────

     さて。途上国の立場になって考えてみよう。途上国にとっては、どうか? 「投資偏重」というのは、最も理想的な成長路線か?
     単に「経済成長」だけを目的とするのであれば、これが最も理想的である。ただし、それには、代償がある。それは、「国民生活が苦しくなる」ということだ。
     国民は、今日の食事を我慢して、明日のために金を投資する。そうすることで、金はどんどん増えていくが、彼の人生は大幅に貧しくなる。たとえば、20歳から60歳までを貧困で暮らして、60歳になってからようやく果実を得る。しかし、そのときにはもう、彼の人生は終わりかけているのだ。今さら金を得ても、デート代にも使えないし、スキーやサーフィンや美食やエステにも使えない。かなり悲惨な人生である。「人生を捨てる」と言ってもいい。
     しかし、過去の日本は、この路線を取った。それゆえ、高齢者は、彼らの人生を犠牲にして、今日の日本の繁栄を築いた。では、彼らはなぜ、そのような路線を取ったのか? 自分たちは貧しさを我慢して、自分たちの人生を犠牲にしてまで、なぜ、そのようなことをしたのか? 彼らは金を増やすことばかりを考えるガメツイ守銭奴であったからか? 違う。彼らがそうしたのは、彼らが子孫を愛したからである。彼らは、おのれの人生を犠牲にしてまで、「わが子のため、わが孫のため」と思って、貧困に耐えた。自分の娯楽のためには金を使わず、社会資本形成や子供の教育のために金を使った。そのおかげで、日本は、敗戦後のガレキ状態から、今日の繁栄した経済大国となれたのである。
     このような路線を取った国は、世界を見ても、他にはなかった。欧州であれ、南米であれ、アフリカであれ、アメリカであれ、彼らはいずれも、「その日その日で、自分の人生を充実させよう」とだけ望んだ。そのおかげで、彼らは楽しい人生を送れたが、彼らの子孫は、彼らと同じような生活しか送れなかった。日本だけが、急成長をした結果、子孫が豊かな生活を送れるようになったのだ。そして、それは、われわれよりも過去の世代が、貧困に耐えたからだ。われわれが、アジアの最貧国に生きるのではなく、世界の先進国に生きることができるのは、過去の世代の人々が自らを犠牲にしてまで、子孫に多くのものを贈ってくれたからなのだ。つまり、われわれは、彼らから愛されたのである。その大きな愛を受けた結果、今日の豊かな生活を享受できる。
     しかし、そのことを理解できない人々が多い。「今日の日本の繁栄は、おれたちだけで維持しているのだ。高齢者の恩恵なんか、まったく受けていない。おれたちは年金料を払うばかりで損をしているが、高齢者は年金をたくさんもらって得をしている。だから、高齢者の金を、減らしてしまえ。おれたちの金を、もっと増やそう」と。
     彼らは、大きな愛を受けても、その愛を忘れてしまったのである。だから、最も悲しむべきことは、今日の人々が、いくばくかの金を損することではなく、忘恩の輩となってしまうことだ。「愛を贈ってくれてありがとう。恩返しに、ぶん殴ってやります」というようなものだ。金を失うだけらなら、貧乏になるだけだ。しかし、人間らしい心を失えば、もはや人間ではなくなってしまうのである。

  • ラスカル

    2015年4月3日

    【2004年3月05日】

     では、途上国であれば、減価償却期間の長い投資をなすのが、最適か? 必ずしも、そうは言えない。長い目で一国全体を見れば、たしかに、そうするのが最適だろう。しかし、人間の寿命は、有限である。せっせとタネをまいても、そのタネが実を結ぶころには、人は死んでしまうだろう。将来の子孫は楽をできるとしても、現在の自分自身は生活苦に悩むだろう。だから、こういう高度成長路線が是か否かは、人生観による。つまり、子孫への愛情の有無による。子孫への愛情があれば、自分は貧しくても子孫が何倍も豊かになれば、満足だ。子孫への愛情がなければ、自分の暮らしが豊かになることだけが大事であり、将来の子孫が豊かになることなどは知ったこっちゃない。
     そして、日本は、前者を選んだ。つまり、「子孫への愛情」という道を。それは、「国家の成長」ということと同義なので、「個人蔑視の国家主義的な発想だ」と批判されたこともある。しかし本質的には、それは、「自己犠牲」と「子孫の幸福」を意味したのである。だからこそ、過去において人々は貧しい生活で高度成長をもたらし、現在においては人々は既存の企業や社会資本を利用して楽しい幸福な生活を送れるのだ。
     日本がいくら不況になったとしても、途上国よりはずっとマシである。それは、過去の世代が、多大な自己犠牲をして、いつまでも残るものを、現在の世代に贈ってくれたからなのだ。

  • ラスカル

    2015年4月3日

    【2004年3月10日】

     3月05日 の (2) では、こう述べた。「高度成長期には、人々が各人の富を減らして、社会の富を増やした。富を社会に渡して、社会の富を蓄積した。過去の世代が、子孫のために、富を贈ってくれた」と。── この事実を理解すれば、いわゆる「年金問題」の問題は、大したことはないとわかる。
     「現在の高齢者は、払った金の何倍も受け取れるが、現在の若者(将来の高齢者)は、払った金と同額程度しか受け取れない。不公平だ。年金制度が破綻する」
     というふうに問題視されている。しかし、この問題は、根本的な勘違いの上に成立している。
     そこにある議論は、「払った金の何倍を受け取るか」ということで、損得を考えている。しかし、現在の高齢者は、もともと所得が少なかったのである。得るべき所得を得ずに、社会に渡していたのである。
     現在の高齢者は、自分の富を減らして、社会に富を与えた。手に入れる富はわずかであり、かわりに、社会全体に富を与えた。企業や社会資本という形で。……換言すれば、現在の若者たちは、ろくに働くこともなく、(社会的遺産としての)企業や社会資本を利用して、多額の所得を得ている。つまり、もともとの所得のなかに、過去の世代からの贈り物が含まれている。
     ところが、現在の若者たちは、ここを勘違いする。「おれが月給で 20万円をもらえるのは、おれがその分、優秀だからだ。成果を出しているんだから、その分の成果を受け取るのは、当然だ。企業が稼ぎ出した金は、全部、おれたちだけの力で稼ぎだしたものなんだ」と自惚れる。彼らは、自分一人では何もできないということを理解できない。日本にはホンダやソニーやキヤノンが自分たちの生まれる前から存在して、社会的遺産が莫大に蓄積されているということを理解できない。自分たちが過去からの贈り物を利用して所得を得ているということを理解できず、単に、自分たちだけの力で金を稼いでいると思い込んでいる。傲慢不遜。自惚れ天狗。
     彼らが本当に「おれの力だけですべてを生み出したんだ」と思うのであれば、途上国の若者たちと同様にするべきだ。つまり、日本の高度な企業を利用することもなく、日本の高度な社会資本を利用することもなしに、どこかの無人島で、独力で稼ぎを出すべきだ。そして、そうできないのであれば、当然、社会の富を利用しているのだから、その利用料を払うべきである。つまり、過去の世代から贈られたものに対して、その贈り物に対する返済をなすべきだ。(さもなくば、泥棒か乞食だ。)
     そういう真実を理解しないで、「おれの金はおれのもの」なんていう主張は、あまりにも自惚れが甚だしい。彼らは、過去からの贈り物に気づかず、自らが受け取ったものに気づかず、自らが愛されたことを忘れてしまっているのだ。
     なるほど、現在の若者は、払った金と同程度しか、年金をもらえないだろう。しかしそれは、悲しむべきことではなくて、喜ぶべきことなのだ。なぜなら、それは、「所得が多い」ということを意味するからだ。「得るべきもの以上のものを得ている」ということを意味するからだ。
     結局、問題などは、何もないのだ。問題と見えることは、経済学的な無知に基づいて、勝手に勘違いしているだけのことなのだ。
     なお、どうしても問題を解決したけば、問題を解決することはできる。それには、どうするか? 若い世代は、高齢者の世代を羨ましがっているのだろうから、立場を交換すればよい。つまり、かつて高齢者の世代がなしたように、「得るべき所得を得ず、低所得に甘んじて、おのれの富を将来の世代に送る」というふうにすればよい。具体的に言えば、こうだ。現状は、「 20万円の給料を得た上で、年金負担に5万円を払って、あとで 10万円を受け取る」というふうになっている。倍率は、2倍だ。これをやめて、かわりに、こうする。「 3万円の所得を得た上で、年金負担に1万円を払って、5万円を受け取る」と。倍率は、5倍だ。それがいいというのなら、そういう人生を選べばよい。そのためには、日本を脱出して、タイやマレーシアあたりで、月給3万円の極貧生活で暮らせばよい。
     外国だと具体的なイメージがうまく湧かないといのなら、とりあえず、過去の日本人を見習って、極貧生活をしてもらいましょうか。ボロ家に住みながら、イワシと漬け物だけを食べて、クーラーも自動車もなしに暮らしてほしいものだ。ちびまる子ちゃんやサザエさんみたいにね。そういう貧しい生活をしていれば、あとで、払った金の何倍も受け取れるようになります。何しろ、もともと受け取れる給料が少ないんだから。
     要するに、生活の絶対レベルを理解せずに、「払った金と受け取った金の倍率」だけを考えるのは、阿呆の計算なのだ。経済学というのは、阿呆の計算をするためにあるのではない。

     [ 付記1 ]
     昨日(9日)以降、読売・朝刊に、東京オリンピックや万博などの担当者の回想録が連載されている。当時、貧しかった日本が、いかに社会資本の充実に心血を注いできたが、よくわかる。東京オリンピックの前の東京は、高速道路も高層ビルも何もなかった。それが今では先進国らしい大都会となっている。現在の日本の繁栄が、どれほど過去に負うているか、よくわかる。
     ときどき聞くが、「高速道路は、償還したら、料金をゼロにするべきだ」という主張がある。先人の遺産をタダで使いたい、という発想だ。それはそれで一つの発想だが、だったら、その分、先人に対して何らかの負担もまた課されるべきだ。「遺産はタダでもらいたいが、老人は山に捨ててしまいたい」というのは、人でなしの発想だ。たとえば、あなたの息子が、そう言いだして、あなたを山に捨てたがったとしたら、どうする? それと同じことを、今の若年や中年たちは言い出しているのである。鏡で自分の姿を見るといいだろう。どんなに醜い姿をしているか、よくわかる。── その鏡が、本項だ。

     [ 付記2 ]
     本項のポイントは、「年寄りに感謝しろ」という道徳的なことではない。経済学的なことだ。つまり、「高度成長期においては、(社会的な)投資が増えて、消費が減る」ということだ。
     そのことを、言葉を換えて表現すると、「投資を増やして、消費を減らしたから、高度成長を実現した」つまり「過去の世代が自己犠牲をしたから、現在の日本は豊かになれた」となるわけだ。3月05日 の話を参照。
     だから、私が言いたいのは、「年寄りに感謝しろ」ということではなくて、「すべてが自分の実力でもたらされたものだと自惚れるな」ということだけだ。つまりは、「事実を知れ。事実を誤認するな」ということだけだ。

  • ラスカル

    2015年4月3日

    【2007年3月02日】

     ともあれ、現代日本で輸出企業が強いのは、ソニーやトヨタやキヤノンに勤める社員が優秀だからではなくて、ソニーやトヨタやキヤノンを構築してきた過去の社員が多大な貢献を後世に残してきてくれたからだ。そしてまた、過去の社員がそういうことをできたのは、過去の社員のまわりで彼らを支えてくれた大勢の人々がいたからだ。たとえば、過去のキヤノンの社員は、いきなりキヤノンの社員になれたわけではなく、それ以前に、多くの人々の努力によって義務教育などの環境が整備していたからこそ、教育を受けて、キヤノンの社員になれたのだ。
     人は決して独力では生きていけない。人はみな社会の力によって育てられてきた。そして、特に、過去の先人たちの貢献があまりにも大きい。現代の日本人の学力は、中国や台湾や韓国の人々と比べて、大差ない。しかし、過去の日本人の学力は、中国や台湾や韓国の人々と比べて、圧倒的に優位であった。だからこそ、その蓄積によって、キヤノンやソニーやトヨタなどの企業が世界企業として存続できる。
     現代のウエイトレスが途上国のウエイトレスよりも高給をもらえるのは誰のおかげかと言えば、過去の先人たちの多大な貢献のおかげなのだ。今の若者は、ゆとり教育などの名目で、ろくに勉強もしないで、ゲーム機などをピコピコやっているだけだ。それでいて、まともに給料をもらえるのは、なぜか? バカぞろいでも給料がいいのは、なぜか? それは、先人が非常に勉強して、ガレキだらけの敗戦国を、ほんの一世代か二世代ぐらいで、世界最先端の国にまで高めてくれたからだ。その蓄積があればこそ、現代の若者は、能力がなくても高い賃金を得られるのだ。また、能力のある若者もまた、おのれの能力を発揮できる機会を与えられている。彼らは、能力があるから稼げるのではない。能力を発揮できる機会を与えられたから、能力を発揮できるのだ。
     現代の一つ一つの企業の業績は、目に見える。過去の日本人全体による貢献は、目に見えない。しかし、目に見えるものばかりにとらわれて、目に見えないものを見失うと、真実を理解することはできない。あげく、「おれの稼いだ金はおれの力だけで稼いだ」というふうに、傲岸不遜な思い込みをするようになる。(そういう人たちはそろって、「税金を負けろ」と主張する。卑しいね。)

  • ラスカル

    2015年4月3日

    【2010年1月03日】

     経済を論じているのは、日経だ。財政赤字の拡大を懸念して、「将来世代にツケ回すな」と論じている。
     なるほど、財政赤字の拡大は問題だ。ただし、「将来世代にツケ回すな」と論じるのは、いささか見当違いだ。日本の赤字は、外国への借金ではなく、国内での借金である。将来世代が借金を払うとしても、その金を受け取るのもまた将来世代である。その意味では、実質的な借金は存在しない。
     ではどういうことかというと、次の二点がある。
     第1に、将来世代は、過去の世代の遺産を食いつぶしている。本当ならば過去の世代の遺産をたっぷりともらえるはずだったのだが、それをもらえなくなる。たとえば、高速道路だ。過去の世代が高速道路を建設してくれて、それを無償償還してもらって、タダで利用できるはずだった。ところが、そうは行かず、高速道路を無償利用できなくなる。(税金の形で支払わされるか、有償利用。)……こういうふうに、遺産が減る。しかし、それは、特に大きな問題ではない。いずれにせよ、将来の世代は、過去の世代よりも、豊かになる。(その量が減るだけだ。)
     第2に、デフレが解決したときに、高度のインフレが起こる。そのとき、物価上昇に応じて、国債も借金も目減りする。(以下略。)

  • ラスカル

    2015年4月3日

     どうだい、希望クン。

     日本が破綻しなくても、もともと貯金を貯め込んで消費しない老人たちの資産は相続税か振り込め詐欺たちによって社会に循環され、社会に融合されていく。破綻してもインフレで目減りして社会に融合していく。

     だから日本が破綻すれば、いまの若者の人生がリセットされて素晴らしいものになるというのは、幻想にすぎないんだ。

     要するに希望君は日本が破綻しなくても、自分の人生がリセットされて素晴らしいものになればいいんじゃないのか?

     前にも書いたように希望君は反省も改心もしなくていい。ただ意識を進化(バージョンアップ)すればいいんだ。反省や改心は「自分がラスカルに負けた」というマイナスの感情を惹起させるので、意識の進化というWinの感情を持つことが大事だ。

     せっかく小崎さんが無料で日曜マインドセットで少しでも会員さんの意識を進化させようと努力していたのに、どっかのアホが「せっかく会費払ってんのに、日曜マインドセットなんかいらね~から、横森さんの経済の話を配信しろや、ゴルァ~』っちゅう意味の内容を書き込んだもんだから、小崎さんのモチベーションが下がって日曜マインドセットを辞めちゃったからな。

     希望君が本気で意識を進化させる気があるんなら、ラスカル師匠がご指導をたまわってやってもいいぞ。

  • Calgary

    2015年4月3日

     久々に西谷さんと銘柄が重なってヒットしたようなので、個人的にも嬉しい。ここ最近、FVCを買い下がっていて正直なところ孤独と絶望感に苛まれていた。あとはまあ、ただ眺めているだけ。
     しかし、まあ、今回の件にしても、株式の売買は向き不向きがあるような気がする。ラスカルさんは向いているんでしょうけどね。万人に勧めるような代物ではないと思う。普通の神経なら、損切りしてしまう場合のではないか。まあ、私は相当繊細な部類ではあるけれど。
     まあ、そういう意味では元々は株屋さんなのに株式売買を安易に勧めないここのスタンスはそれなりに評価できるのかもしれない。

  • ラスカル

    2015年4月4日

    【「投資の神様」バフェットからこんな手紙が届いた。大切なお客さまだけに】
    (週刊現代:2015年4月4日号より)

     半世紀で資産を7000倍に増やした伝説の投資家W・バフェットが、自社の50周年という節目に株主に手紙を出した。ユーモアあふれる手紙には、他では決して読めない投資の神髄が綴られていた。

    ■投資家たちの「聖典」

     この手紙は、ただの手紙ではない。投資の世界で最も影響力があると言ってもいい文書の一つだ。あるヘッジファンドマネジャーは語る。

    「私は年に一度、送られてくるこの手紙を読んで、自分の投資に対するスタンスが間違っていないか、株や市場を見る目が曇っていないか確かめます。世界には、この手紙を聖典のように熟読する投資家がたくさんいますよ」

     その手紙の送り主とは、ウォーレン・バフェット(84歳)。世界最大の投資持ち株会社であるバークシャー・ハサウェイの筆頭株主、会長、CEOで、世界で五本の指に入る大富豪だ。そして手紙の宛先は、バフェットの投資スタンスに共感し、バークシャーの株を買っている株主たちである。

     バフェットが住む米ネブラスカ州オマハは普段はひっそりとした田舎町だが、年に一度、お祭り騒ぎになる。バークシャー株に投資する世界中の金持ちが数万人も集結し、株主総会が開かれるのだ。そこで公開されるのが、この「株主への手紙」だ。

     今年はバフェットがバークシャーを買収して50周年にあたり、手紙の内容に世界中の注目が集まった。A4にして40ページ以上になる手紙は、無味乾燥な資産報告書ではなく、バフェットの投資人生の神髄が語り尽くされている。その内容を読み解きながら、投資で成功するヒントを探ってみよう。

     手紙の中でバフェットは、成長株を買うコツをこう述べている。

    「零細企業の株を安値で買うことは短期投資としては魅力的かもしれません。割安株を買うのは、あと一ふかしだけできる煙草の吸い殻を拾うのに似ています。汚くて湿っているかもしれないけれど、一ふかしはタダです。でもそれを土台にして大きなビジネスをすることはできない。デート相手の条件と結婚相手の条件は違うのです。長期的に投資する先(つまり結婚相手)を見つけるためには、まともな企業を素晴らしい安値で買おうとするよりも、素晴らしい企業をまともな価格で買うほうがいい」

     バフェットは長期投資を好む。相場に一喜一憂することなく、会社の持っている本質的な価値を見出して、そのビジネスが長期的に発展するだろうと考えたときに初めて投資をするのだ。バフェット流長期投資を標榜するセゾン投信社長の中野晴啓氏は語る。

    「バフェットの考え方では、投資とは『その企業が世の中のために頑張って行っているビジネスに投資すること』、おカネを通してその事業に参加することです。だから彼は自分が理解できるビジネス、尊敬できるビジネスを展開している会社にしか投資しません」

     バフェットが’11年にIBM株を買うまで、長らくIT企業に投資しなかったことは有名な話である。それは彼自身がITのことをよく理解できていなかったからだ。どんなに急成長して、大きく儲けられそうな株であっても、自分が理解できないものには投資しないというのが、基本なのだ。また、バフェットはマネーゲームを嫌う。

    「法外な価格で株式を発行し続けるビジネスは富を生み出しません。結局、魔法は解けて、すべてはシンデレラの馬車のようにカボチャとネズミに戻る。結末はいつも同じで、おカネが騙されやすい人から詐欺師へと移動するのです」(手紙より)

    ■投資に見送り三振はない

     バフェットに関する著書も多いジャーナリストの桑原晃弥氏は語る。

    「話題になっているからといって、自分がよく知らない業界の株を買う 人も多いですが、それは実は極めて投機に近い投資です。サラリーマンなら自分の勤めている会社に関係する業種、主婦なら小売りや食品など、それぞれ自分が 詳しい分野があるはずです。その業界をきちんと見て、情報を集めればプロのアナリストに勝るとも劣らない目が養われる」

     バフェットは大富豪であるにもかかわらず、オマハという片田舎の町に住み、好物はハンバーガーとコーラ、アイスキャンデーという質素な暮らしを続けてきた。

    「特権階級のような生活をせず、庶民と同じ生活をしているからこそ、世の中のためにどんな産業が貢献しているのか、どんなビジネスが人々を幸せにするのか、肌感覚で理解できるんでしょう」(前出・中野氏)

     GINZAXグローバル経済・投資研究会代表の大原浩氏も銘柄選びに時間をかけることの大切さを強調する。

    「バフェットはよく投資を結婚に喩えます。『結婚相手を探すときは、両目でじっくり観察しなさい。でも、結婚してからは片目をつぶっているくらいがちょうどいい』というんです。日々の株価の値動きに一喜一憂していると長期投資はうまくいきませんからね」

     投資に値するビジネスモデルを持っている企業を見つけたら、あとはそれを適切な価格で買えばいい。明らかに株価が高騰しているときは急いで買う必要はない。バフェットの言葉を借りれば、「野球と違って、投資に見送り三振はない」からだ。バフェットの手紙にはこうある。

    「金融市場はときどき現実からかけ離れてしまう傾向があります。なか には2+2が5や6になるという経営者も出てきて、マスコミや国民にもてはやされる。でも、2+2は必ず4であることを忘れてはいけません。そんな算数は 時代遅れだと言われたら、財布を締めて旅行にでも出かけ、数年後に戻ってきてから、安値で株を買えばいい」

     現在は世界的な株高傾向にあるが、規模の差はあるにせよ、いずれ必ずリーマンショックのような調整がある。その時に有望株を買うために、現金を用意しておくのもバフェット流の投資戦略だ。

    「キャッシュは酸素のようなものです。充分あるときは考えもおよばないけれど、不足するとそのことしか考えられなくなる」(手紙より)

     では次に、より具体的な銘柄を見て行こう。

    残念ながらバフェットは日本株には投資していない。よく知らないものには投資しない主義だからだ。彼が好んで買うのは、米国株、とりわけ50年後も必ず存在するだろうと思われるブランド力のある企業の株だ。前出の大原氏が語る。

    「バフェットが好むのは、その業界でシェアトップのブランド力を持つ企業が多い。例えばコカ・コーラは買ってもペプシは買わない。トップブランドを追い越すことは難しいと知っているからです」

    ■神様の考えを読み取れ!

     現在では日本の証券会社でも米国株を扱っているので、バフェットが大量に保有しているコカ・コーラやP&G、IBM、アメックス、ウェルズ・ファーゴ(米国の銀行)などの株を買い集めれば投資の神様に近いポートフォリオを組むことができる。

     他にはバークシャー・ハサウェイの株自体を買うという方法もあるが、価格が20万ドル(約2400万円)以上するので、よほどの資産家でなければ難しいだろう。

     では、もしバフェットが日本経済に詳しく、日本株を買うとしたらどんな銘柄だろうか?

     前出の桑原氏は、部品系のメーカーを挙げる。

    「デンソーやオムロン、村田製作所など、BBで部品を提供している会社は、コンシューマビジネスと違って、安かろう悪かろうというのが通用しません。本物の技術力が求められ、価格が下落しにくいため、バフェット好みだといえます」

     S&Sインベストメントの岡村聡氏は、バフェットが好むシェアトップ企業に注目する。

    「バフェットは『橋の通行料を取れるような企業が好きだ』と言っています。川を渡るためには絶対にその橋を通るしかないなら、通行料はいくらでも高くできるからです。

     例えば、炭素繊維でボーイングからの大型受注に成功した東レや、半導体製造で必要なフォトマスク(ガラス乾板)を作っているHOYAなどは魅力的です」

     このようにバフェット流の視点でじっくり銘柄を探せば、自分にふさわしい株が見つかるだろう。だが、どんな株を買うにせよ、市場はいつも不確実だということを忘れてはならない。

    「明日が何をもたらすか予測できないのなら、何が起きても万全なように準備しておくべきです」(手紙より)

    相場の上げ下げに心乱されることなく、会社の本質を見抜く目を養えれば、豊かな実りが約束されるに違いない。

  • Calgary

    2015年4月4日

     日経平均だけ見れば、日本株を持っているといかにも資産運用に有利と思われる方が多いのだろうけれど、最近、やたらと退場していく人たちが少なくないのです。特に中小型株を能動的に運用されている方は目立ってそんな憂き目に遭う人達を見かけます。
     西谷さんは別格なので、そんなこととは無縁のようですが、株式の掲示板で威勢の良かった人がどんどん消えていっています。私は野放図にやっているようで抑えるべきところは抑えているので、不貞寝程度で済んでいますけど。

  • 第二希望

    2015年4月5日

    先代の人たちや先祖には感謝しながら生きて行かんといけんわね。
    破綻には関係なく定年したら暖かい国に住もうと思ってフィリピンに家も買って、ビザも取ったんだがね。
    今は賃貸に出してるけど、「韓国人と中国人には貸さないように」
    と管理会社には言ったんやけど、韓国人に貸されて、案の定クレームの嵐なんだな、これが。

  • ラスカル

    2015年4月5日

    君は「フェニックス⇒希望」がバージョンアップした希望君なのか?
    それとも2代目希望を名乗る別人なのか?
    どっちかよくわからんから、叩いていいのか褒めていいのか、ギャグかましていいのか紳士対応でいいのか迷っとるんだが。

    >韓国人に貸されて、案の定

    どっかで聞いた話だwww
    ああ、たぶん横森さんも笑いながら吹いてるぞ!

  • ラスカル

    2015年4月5日

    まあ日曜日だけ早起きなところは、本物の希望っぽいのだが。www

  • 第二希望

    2015年4月5日

    第二イザヤ・ペンダサンにした方が良いのだろうか?
    前にクマーを上手く貼り付けなかった早起きの老人です。。

  • ラスカル

    2015年4月5日

     ああ道後温泉クンか。文章のオーラが本物の希望と違うから、リアクションに困ってたんや。誰かによる希望なりすまし釣りっぽかったんで、どういうコメントしていいかわからんかった。

     文章のクセって、そう簡単に変えられるもんじゃないしね。頭の良し悪しなんて構文力で一発で見抜けるからね。使う単語や語彙、文法じゃなくて、構文力。だから小崎さんの頭の良さは一発でわかった。

     紛らわしいから道後温泉のままでいいよ。

  • 道後温泉

    2015年4月5日

    戻してみた。

    半年後に、キムチ臭くなった部屋を見たくないな~。
    最近はスービックもクラークもハングルの看板が増えて、居心地が悪いんやけど。

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